小説「消しゴム」第二章

 その日の部活は、なんだか気分が乗らなかった。そういう日もある。プレーがうまくいかなかったら、ここぞとばかりに罵倒される。こんな部活辞めたいとすら思うようになる。罵倒してくる奴らは、意識高いぶっている奴らだ。そういう奴は嫌いだ。正義感ぶるやつ。つまらない生き方だと思う。

 ボーっとしていたら、休憩になっていた。門のほうを見ると、彼女がいた。赤いヘッドフォンをつけて速足で角を曲がっていった。なぜか、僕は彼女を目で追っていた。すると後ろからパステル野郎が話しかけてきた。

「何見てんだよ。ん?あの子?」

「うん、しってるか?」

「知ってるよ。かわいいよな。意外に人気も高いらしいぞ」

 パステル野郎はにやにやしていた。こいつがこういう顔をしているときは、僕のことを小ばかにしている時だ。どこにバカにする要素があったのかわからない。とりあえず、そこにあった水をぶっかけておいた。

 帰りはいつも、すぐに帰る。風呂に入って、ご飯を食べて、部屋にいる。この生活を始めて、何年がたっただろうか。もうわからない。今日は、あの子のインスタを見つけた。投稿は、フェスに行った時の写真や、バンドの情報ばかりだ。彼女の顔をアップにしてみたり、タグの付いた投稿を見ていたりしていたら、彼女の投稿にいいねをしてしまった。ここで焦ってしまう僕は、童貞クサいだろうか。はいはい。

LINEの通知音が鳴った。パステル野郎だ。

「猫拾ったぞ~」

 この一文と、小さい子猫の写真が送られてきた。負けじと僕の愛犬の写真を送り付ける。このご時世に、猫を助けて、飼い始めるやつがいるとは、にわかに信じがたい。しかし、僕のすごく近くにそれはいた。正義の男。まさに、女子高生がすきそうだ。生まれ持っての天性なのか、はたまた、猫をかぶっているだけなのか。僕は、こいつを知っているから、猫をかぶっていても何も思わないが、これを、偽りの名前と顔のやつがやっていたら、吐き気がする。同じことなのに。正義ってなんだ。

 次の日も、前を彼女が歩いていた。

「おはよう」

「あ、おはよう。昨日、いいねしたでしょ」

「え、あ、うん。ごめん。」

「なんで謝るのよ。フォローしといたから」

「う、本当?ありがと」

 この子は、僕が思っていた以上だ。彼女のほうからは、香水のにおいがする。風が良い仕事をしている。

「うぃ。おはよ」

邪魔者が入った。言うまでもなくわかるだろう。パステル君だよ。二人の世界を一瞬にして壊した。恐ろしい奴め。この後のことは、彼女とパステル君の二人の世界が始まったから、語る必要もない。

つまらない授業の間は、よく色々なことを考える。そこにあった、自分の消しゴムに目が行った。消しゴムというのは、鉛筆で書いた文字が消せるという便利な道具だ。しかし、鉛筆で書いた文字しか消せない。例えば、僕が話した言葉は消してくれない。消すことはできない。

 文字や言葉というのは、何のために生まれたのか。自分が何をしたいのか、何を思っているのか。それを発信する手段として生まれたのではないか。まあ自然発生だろうと思う。根拠はない。挨拶をする、お礼を言う、謝る。最初は暗号であったり、動作であったものが、文字や言葉が生まれたことによって、より直接的に他人に伝わるようになった。便利な世の中だ。

 しかし、時として、その言葉や文字は、殺戮兵器となることがある。この「言葉の裏の顔」がすさまじく恐ろしいものだと、多くの人は気づいていない。なぜなら、言葉は、あまりにも身近になってしまったからだ。言葉として口から発されたものは、消すことができない。だから謝るという文化が生まれた。しかし、書かれたものは消すことができる。この消しゴムによって。殺戮兵器は消しゴムによって、見えない毒ガスとなることもある。しかもそれは、見えない敵からの贈り物の場合も。この見えない敵が気持ち悪い。そして、それに反応する正義のヒーローも気持ち悪い。これらの存在は、消しゴムで消すことはできないのだろうか。消せたら楽なのに。消しゴムの役立たず。肝心な時に使えない。

 僕の性格がひねくれていることがわかったとき、チャイムが鳴った。今日はオフだから、すぐ帰ろうと思っている。良く晴れているから、サッカーをしたいが、今日はお預けだ。後ろの席の彼女は、もういなかった。

 川沿いはいつものようにパステルカラーだ。空は、青い。目が眩むほどに美しい。授業中に考えていたこととは真逆の色をしている。青と赤、ほんとはどっちが好きなの?と聞かれたら、迷う。赤色が好きだが、この空を見ていると青色も好きになってしまう。僕は単純な野郎だ。川の反対側に、赤いヘッドフォンをした彼女がいた。彼女は、携帯を眺めながら歩いている。彼女の歩くスピードに、僕は自転車のスピードを合わせる。斜め後ろから彼女を見ていると、風が香水のにおいを運んできた気がした。

 彼女の後ろから一台の自転車がやってきて、隣で止まった。彼女の隣を歩いているのは、パステル野郎だった。何を話しているのだろう。今日の朝、パステル野郎は、この光景を見ていたのだろうか。僕には二人の間に割って入る度胸はなく、自転車の車輪は、勢いよく回り始めて、あっという間に二人を追い抜いた。

 あんなに晴れていたのに、空には一瞬にして雲がはびこり、細い雨が降ってきた。通り雨だろうと思い、すぐにやむことを願った。さらさらと降る小雨の中、僕は橋の下でうつ伏せからの逆立ちを練習しようと思ったが、思いのほか恥ずかしいことに気づき断念した。橋の下は薄暗くて雨の匂いが立ち込めていた。周りは、雨の音と、車のエンジン音が聞こえる。雨が川面にあたって跳ね返る。そのまま空まで帰ってしまえばいいのに。そして、僕も連れて行ってほしい。

 川の水は綺麗とは言えない色をしている。水と水がぶつかる音を聞きながら、雨宿りをする男子高校生がどこにいるだろうか。しかも、ボーっとしている。『「息子よ。この世界はなあ毎日がeverydayだ。」そういった父を探す旅が始まる』という宣伝をしていた深夜アニメの予告を思い出した。ちょっと気になる。こんなどうでもいいことを考えてしまうくらいボーっとしている。僕らしくないかな。この深夜アニメについてツイートしてみた。いつも通り、いいねは0だ。別にいい。これはただの自己満だ。

 橋の反対側に、二人の高校生が見えた。カップルだろうか。自転車が一台、隣に止まっている。あまり見ないようにしようと反射的に感じた。しかし、世界は上手くできていて、二人の近づく姿が、川面にぼやけて映っていた。

小説「消しゴム」第一章

序章

 「この本はつまらない。」ネガキャンから始まるこの本を読み始めている君は、きっと変わっている。僕なら読まないかな。だって美味しくないと評判のタピオカを沖縄に食べに行くようなものではないか。そんな無駄なこと誰だってしたくないはず。それはそうと、タピオカって何なのか。「インスタ映え」という文化が生まれてから、タピオカという文化は、流行の最先端となった。ミルクティーに黒い球体を入れた飲み物が、「インスタ映え」になる理由が僕にはいまいちわからない。関係ない話ばかりをしてしまった。時を戻そう。

 この本はつまらない。確かにそうである。しかし、物語というのは一人一人が作り出しているのだ。そう、君にも君の物語がある。こんなクサイ言葉は僕には似合わないか。でも僕には僕の物語があるのだ。この物語は僕のお話。この本はつまらない。しかし、最高傑作だ。

 

 目が覚めると僕は消しゴムになっていた。消しゴムとは、みんなが想像するような消しゴムである。そう、その鉛筆で書いた字などを消す超絶便利なアイテムである。しかし、ただの消しゴムと同じにしないでくれ。その辺に転がっているあいつらとぼくは違う。なぜなら僕は、あの子の使っている消しゴムになったのだから。嬉しいかって?今の僕にその質問は愚問じゃないか。だって嬉しくないもの。君はこの物語の結末を読んだだけ。それじゃ僕の物語は到底理解できないだろう。一度、最初から見てくるといいよ。じゃあまたね。

 

 桜が舞う季節になった。川沿いを歩く僕の顔には、容赦なく花粉をまとった風が吹きつけてくる。最近では、花粉症が悪化しすぎて花粉が目に見えるようになったのではないかとさえ感じる。川の横のサイクリングコースを自転車で颯爽と走り抜ける。空は、海とは似ても似つかない、きれいな水色をしていた。今どきの女子が好きそうなパステルカラーだな。そんなことを考えながら、川に視線を落とすと、そこには無数のピンク色の金平糖が流れていた。この世は、パステルカラーに支配されてしまったのか。そんな支配された世界で僕は、高校二年の春をむかえた。

 学校について駐輪場に向かうと、顔なじみのやつがいた。

「よっ」

短髪でいかにも女子人気の高そうな顔たちをした男は僕に向かって声をかけた。どうしてこうも、女子人気の高い奴は、朝からさわやかなのだろうか。朝は眠たい目をこすり、あくびをしながらおはようだろう。そうじゃないと世界は成り立たないと思う。要するに、こいつは世界を壊しかねない。

「おはよ」

「なんだよ、眠そうだな」

「朝はそういうものだろう。お前こそ眠くないのか?」

「俺は朝から、町内一周ランニングしてきたからな」

「相変わらずストイックですこと」

この短髪さわやか少年と僕は、同じサッカー部に所属している。彼は、サッカー部のエースであり、キャプテンだ。漫画やドラマでよくある設定だろう。おまけに彼はストイックというステータスを持っている。道理で女子人気が高いわけだ。どうも年頃の女子たちは、ひたむきに頑張るクール系男子にめっぽう弱いらしい。だから、この世の男子高校生はそれを目指す。世界はパステルカラーに支配されているのだ。

 部室にはもうみんな集まっていた。部室は学年ごとに分かれているので、最近荷物の引っ越しを終えたばかりだ。壁には先輩たちが書き記した落書きがそのまま残っている。

「全国制覇」ふっ。ありきたりだな。

「田中ふざけんな」学校の壁に先生の悪口を書くのはいかがなものかと思うぞ。

「真面目にふざける」どっちやねん。

 たくさんの気持ちのこもった落書きを横目に、スパイクを磨く。これは僕たちサッカー部の朝の日課だ。磨きながら時計を気にする。部室にあるのは、誰かが持ってきたアナログ式の小さい目覚まし時計。部室にいる全員の視線を奪うに値するほど魅力的かというとわからない。一限が始まるまでに教室にいないと遅刻扱いだ。僕らはいつも、チャイムチャレンジと称したゲームをやる。チャイムが鳴ってから部室をでて、鳴り終わるまでに三階の階段近くの教室に入れたらクリアというものだ。実に青春ではないか。こういうのがたまらなく楽しい。

 今日のチャイムチャレンジは無事に成功した。教室に入ると、クラスメイトはもう着席していた。僕の席は、窓際の後ろから二番目にある。僕の前の席は、相撲部の坊主頭だ。坊主というのも今しかできない髪型ではあると思う。しかし、僕は絶対にやりたくない。そんなことをしていたら、僕の夢はかなわない。僕の部活が終わるのを待っていた彼女と、自転車を押しながら川沿いを歩いて帰る。これが僕の夢。一度、部活に大遅刻をかまして、坊主になりかけたが、走ることで許された。坊主は、自殺行為にも匹敵する。もし、僕が坊主だったら、この物語は「今日、僕は死にました」というタイトルになるだろう。こうやって思ってしまうのも、この世界がパステルカラーに支配されているのが悪い。

 

 僕の後ろの席には、女の子が座っている。いつも窓の外の何かを見つめているが、その何かは僕にはわからない。その子についての情報はそれしかわからない。謎に包まれた美少女。そう呼ばれている。いや、僕が勝手に呼んでいるだけ。

 朝のホームルームが始まった。眼鏡をかけた老人は、観衆の前に立って、下らぬ自慢をたれている。つまらない。教室は騒がしい。誰も聞いていない。みんなそれぞれの話をしている。隣では女子たちが、韓流アイドルグループについての話をしていた。僕には興味がない話だ。つまらない時間が続く。一時間目の数学も、二時間目の社会も退屈だ。時計を見ながら過ごすこの時間は、人生を損している気分になる。確か、三時間目は古文だったかな。早く終われと時計を見ても、2分しかたっていなかった。

 窓の外に目をやると、楽しそうに体育の授業をするクラスがある。反射した自分が窓に映っている。顔につまらないと書いてある気がして、あわてて顔をふいた。また窓を見ると、謎に包まれた美少女と目が合った。なぜだか、その瞬間、彼女のほうから、ウッディ系の香水のにおいがした。彼女のつけている香水だろうか。窓の中の世界で、僕たちは初めて出会った。

 一日の長い授業が終わり、ここからはお待ちかねの、部活の時間だ。今日はサッカー部がグランドを一面使える日だから、みんな着替えるのが早かった。

 やっと長い一日が終わり、帰路についた。毎日これを繰り返している自分をほめてあげたい。自転車をこぎながら空を見ると赤い世界が広がっていた。そこには一匹の鯨が泳いでいる。鯨はいつも、大きな口を開ける。これは、理科の授業で習ったことだが、鯨は小魚やプランクトンを食べる。そのために大きな口を開けるのだ。僕は、そんなに大きな口は開かない。一つ一つを味わって食べたいし、その食べ物についてよく知りたいとも思う。でかい図体をして、小魚のような弱そうなものを、何匹も食べてしまう。お前はイキり大学生かと言いたい。鯨も支配されている。

 次の日の朝は少し違った。川沿いで、謎に包まれた美少女を見かけたからだ。彼女は、ボブの髪型がよく似合う。たまに揺れる髪の毛が、きれいな形のまま、右に行ったり、左に行ったりしている。自転車に乗っている僕は、彼女を追い抜くことぐらいたやすいことだ。しかし、僕は、彼女の後ろをゆっくり走った。それでも追いついてしまった。声をかけるか悩んだが、思い切って挨拶をした。

「おはよう」

彼女はびっくりした表情を浮かべたが、すぐに笑顔になった。

「びっくりした。おはよ」

つけていた赤色のヘッドフォンを首にかけ、少し笑った。僕は彼女の隣を歩く。

「前の席なんだけど、わかる?」

「大丈夫。わかってるって。」

「よかった。覚えられてないかと思ったよ。」

「そんなことないよ」

「なに聴いてたの?」

「好きなバンドの曲」

「へえ」

彼女が髪の毛を揺らすたびに、ウッディな匂いがあたりに広がった。僕の会話は、面白いとはお世辞にも言えないが、僕は楽しかった。あっという間の時間を過ごし、長い時間がやってきた。

 

古文の先生は、いかにも「古文」という先生だ。茶色のスーツを着た、白髪のおじいちゃんで、たばこの匂いが漂っている。桐壺だか、光源氏だか知らないが、この世界はやりすぎだと思う。ノートに、黒板の字を写しているとき、僕は肩をつつかれた。後ろを向くと、彼女が顔の前で手を合わせていた。

「ごめん、落としちゃった」

彼女は小声でささやきながら、人差し指を僕の足元に向けた。下を見るとそこには、消しゴムが転がっていた。なんの変哲もない消しゴム。そこらへんの売店で売っている消しゴム。拾って彼女の手に戻すと、あの匂いがした。

「ありがと」

そう言って、彼女はノートの字を消した。僕たちは、昨日とは違う方法で、出会った。

教育者

 僕のサッカー人生は、楽しさ20%、後悔80%でできている。特に高校3年間の自分のサッカーには、未だに自信が持てない。高校に入って、たくさんの人と関わり、多くを学んだ。そして大学に入ってから、意見や考えの多様性について、気づくことがたくさんあった。これも、関わる人が自分の考えを持っているからだと思う。

 中学生の時は、町のクラブチームに所属した。セレクションも、みんなが受けるから受けたものだ。いわゆる、記念受験ってやつ。合格した時は、意味がわからなかった。部活でやるつもりだった自分には、クラブチームでやることの意味がわからなかった。だから、その時は、周りに言われるがまま進路が決まっていった。小学校の時のチームの代表は、クラブチームでやることに意味があると言ってくれ、背中を押してくれたのだと今では思う。

 中学一年生のころ、今では上司になっているコーチに、言われた言葉が、頭から離れない。

「おまえの武器はなんだ?」

僕は答えられなかった。わからなかったから。自分がなんでこんな上手い集団と一緒にやっているのか。なんで、こんなに厳しい環境でやらなくてはいけないのか。

「使える武器で、味方を殺すな」

その時の僕は、自分のミスも周りのせいにして、周りに指示をだすどころか、貶していたこともあった。僕は、この時に初めて「声の武器」について知った。

 高校の進路先を決める時は、大学付属で選んだ。その方がサッカーを続けられるから。いざ、入るとそこは化け物集団だった。中学の時のチームは、県でトップリーグにいたチームだったが、僕はBチームだったからもちろんでていない。高校に入ると、そのトップリーグでも上位のチームの選手や、Jの選手、東京の強豪チームの選手ばかりではないか。しかも、先輩もしんどい。だけど、続けたのには理由がある。ボールを蹴るのが楽しかったのと、親にやり切る姿を見せたかったから。これは綺麗事でもなんでもなくて、本当に思っていたからやめなかった。

 高校サッカーは楽しかった。毎日、練習をして、帰る。その繰り返しだったけど、サッカーをしている実感が湧いた。だけど、ある日気付いた。特に目標が無いことに。試合に出たいととは思っていたが、正直、出遅れたし、化け物集団だし、無理だと思っていた。僕の武器は、「声」だけだった。それだけでは、認めてもらうことはできず、目標もないまま淡々とボールを蹴るだけだった。

 そこで、僕はある一つの大きな目標を立てることにした。

「チームに必要とされる存在になる」

その第一歩目が、マネージャーの仕事だった。

投票で勝手に選ばれたが、これには僕の目標が重ね合わさった。選手兼マネージャーとして仕事をこなす。楽しくはなかったが、やりがいはあった。この仕事で初めて、監督と話した。

 今までCチームばかりだった僕は、高校二年生、三年生になるとBチームにいることの方が多くなった。僕のプレースタイルは「声」が9割を占めると言っても過言では無い。これはたぶん、サッカー部一人一人にアンケートをとってもそう答えてくれると思う。それ以外に取り柄がないから。だから声を出し続けた。それに怒った。下手くそなりに怒った。時にはそれが空回りしたかもしれないけど、本気でサッカーをした。楽しかった。本気でサッカーをしたから、本当の仲間ができたとおもう。

 ある人が最近言っていたが、僕も目標はK 4無失点優勝って勝手に自分で決めた。その人が言っていたこと、「目標設定」の話。試合に出て、全国に出たい。僕には現実的ではなかった。だから、自分のできる精一杯の目標。その人が最初はキャプテンだったけど、その人は力が認められてメンバー入りした。プレーでチームに貢献できる武器をたくさん持っていたから認められたと思う。その後、僕にキャプテンが回ってきた。最初の試合は悔しい思いをして出れなかった。僕の人生の中では、最大の理不尽をくらった。今後、どんな理不尽でも耐えられる気がするくらいのね。最終戦までは2失点してしまった。目標は達成されなかった。失点が悔しかった。こんなに失点にこだわるようになったのはなんでだろうか。本気でやってるからだろうか。

 最終戦は、三年生だけのチームで戦った。公式戦には力不足で出ることができない三年生。だけど、みんな本気だった。後ろから見てた僕は、みんなが輝いて見えた。かっこよすぎた。本気でやるってこういうことか。仲間ってこういうことかって初めて気づいた。

 なんで後悔が80%かというと、気づくのが遅すぎた。努力を怠りすぎた。もっとはやく本気でやっておけばよかった。悔しい。悔しすぎる。自分を恨む。

 最後の方は、Cチームに下がって、後輩の問題を解決することを目標にした。Aチームの選手にはできないこと。後輩の育成。そんな偉そうなことではないが、大事だとおもう。その時のコーチとたくさん面談をして、たくさん考えた。どうしたらこの本気さが伝わるか。その本気さが伝わったかどうかはわからないが、その時同じチームでやってた後輩が、三年生になってAチームでやってるのをみると、少し良かったとおもう。

 引退してすぐ、僕はサッカーの指導者になった。なぜかというと、もう一度高校サッカーがしたいから。こんな不純な理由は許されるだろうか。もう一回、本気でサッカーがしたいから。立場は違えど、できることはある。

 誰かを指導するという立場に立ってみて分かったことがある。教育の意味。教える、育てると書くのが教育だ。しかし、僕は、教わり、育つだと感じている。誰かを指導するには、多くのことを学ぶ必要がある。言葉の使い方、考え方の共有の仕方、結果と過程の因果関係。しかも多くは、教えている選手から学んだことだ。お金のためでもあるが、選手に向き合うことで、僕も成長している。そう感じる。その方法がサッカーなのだ。

 これからはたくさんの教育者を見ていきたいと思っている。本気でやるには、それを知る必要があるとおもうから。あとは知識と技術。そこがないと話にならない。勉強は終わらないのかとつくづく思う。世界は休ませてくれないな。

 ちなみに、僕はこれからも「声」で生きていくつもりだ。あとは気持ち。

 

小説 「黒髪」

なんの知識もないまま、とりあえず書きだしてみたはいいものの、、、

わけわからなくなったものです。とりあえず日常を壊したくて書きました。

 

 ふと空を見上げると、そこには赤色の世界が広がっていた。公園のベンチで、今日の1日を振り返る日課も今日で27日目だ。ただ何日目からだろうか。この日課日課になったのは。日課日課になるのはおかしい気がする。そういえば、昨日もこんなことを考えた。僕は、左手に持っていたモンスターを飲みながら、ベンチの背もたれに寄りかかる。空を見上げると、砂糖だけ入ったコーヒーのような色をしていた。

「家に帰ろう」

そう思って立ち上がるのも日課である。

 中央公園から、ひと気のまばらな街路路を歩いて5分。電球の切れかかった電柱の隣の扉が僕の家の玄関だ。近くの自動販売機のゴミ箱にモンスターの空き缶を捨てた。これも同じ。玄関の前に来ると、そこには一人の少女が綺麗な体育座りで座っていた。セミロングの黒い髪の毛の少女。その少女は僕に気づくと、可愛らしい笑顔をこちらに向けながら走り寄ってきた。近づいて来てわかった。あ、殺されると。

 少女の右手には、カッターナイフのようなものが見えた。僕は咄嗟に逃げ出した。少女は追いかけてくる。足の速さは陸上部の高校新一年生並み。種目はハードル。そのくらいだ。僕は走り続けた。もう少女は追って来てはいない。疲れたせいか眠くなって来た。ここはどこだろう。あたりを見回すと、そこは街路路のライトだけが光る世界だった。僕は、夜の空の中にいるのだろうか。そんなことを考えながら、僕は東公園のベンチの背もたれに寄り掛かった。

 目を覚ますと、そこには見慣れた景色が並んでいた。毎日一番に目に入るのはこの白い天井である。時計の短い針は7の少し左を指している。カーテンをあけて外を見ると、そこには海かと錯覚するくらいの空が広がっていた。黒色のアルファードが家の前の駐車場を出て行ったのが見えた。そこでやっと朝だと気付く。

 僕のモーニングルーティンは、顔を洗うところから始まる。そして、トースターで食パンを焼き、苺ジャムを塗って食べる。それを二回繰り返す。着替えて、左足から靴を履くところまでが僕のモーニングルーティン。時計の短い針が8を指す頃には駅に着いている。横浜駅から東海道線に乗って30分ほど、東京駅で乗り換えて、御茶ノ水駅でも乗り換える。そんな遠いところに学校はある。今日は2限から中国語の授業なので、4階の教室に入ると、そこはいつもとちがう世界だった。その世界には、まだ折れ曲がっていない教科書を持った小人が4人ほど座っていた。

「すいません、間違えました。」

 おかしい。今日は木曜日だ。あれは絶対一年生。なぜ、ここにいる。あの教科書は、去年僕が使ったものと同じだ。おかしいと思い、スマホに手を伸ばす。スマホの画面は、「5月3日水曜日」と映し出した。

 結局、遅刻した。先生には、お手製の遅延証を見せて、なんとか乗り越えた。

「遅刻なんて珍しいね」

ミルクチョコレート色の長い髪の毛を触りながら言ったのは、僕の隣に座っている子である。

「遅延だって」

「してなかったよ」

「うるせーよ」

 窓際に座った僕を、いじめてくるこの女は、僕の苦手なタイプの人種である。きっと飲み会では、取り巻きの男が3・4人いて、朝まで楽しく過ごすタイプの女だ。ふと外を見ると、工事しているおじさんのコーヒーがこぼれた。

「ねぇ、今日さ飲みに行こうよ」

「今日は用事があるから無理だ」

「毎回、私の誘いには乗ってくれないよね」

「用事があるんだから仕方ないだろ」

 やんわり断っているのがわからないのだろうか。はっきり言ってみようか。いや、はっきり言ったら言ったで、この女はとりまきの男に言うだろう。あいつはつまらないって。そんなことをされたら、僕の楽しいキャンパスライフは終わってしまう。そんなことを考えているうちに、授業は終わってしまった。

 水曜日は、2限が終わると1コマ空きがある。その間に僕は、自習室で課題を終わらせたり、お昼ご飯を済ませたりする。自習室は、学生証が鍵になっていてスキャンすると扉が開くシステムになっている。中に入ると、20席くらいに対して、6人ほどしか座っていなかった。奥から4番目の席に荷物を置いた僕は、お昼ご飯を買いに行った。戻ってきた僕はゾッとした。ガラス越しに見えるあの黒いリュックの中に、僕の学生証がある。終わった。こんなこと一度もしたことなかったのに。途方にくれていると、一人の女の人が自習室を開けて入っていった。僕はその女性に感謝しつつ、一緒に中に入った。僕の後からは、金髪のチャラついた奴が入ってきた。なんだ、僕だけだと思ったのに。この子のおかげで中に入れるのは。

 4限の時間になるまで、課題や中国語の単語を覚えたりして過ごしていた。3限の終わるチャイムが聞こえ、外が繁華街のようになってきた。荷物をまとめると、先ほど一緒に入った女の人も立ち上がった。黒色の髪がよく似合う童顔の女の人。いや、女の子と言うべきかもしれない。可愛いとすら思った。僕は惚れっぽいのかもしれない。そして、運命というものを良く信じるタイプでもある。道端で目があったら、あの人は俺のことを好きなのだと思う。だってそうだろう。目があったんだから。運命かも知れないじゃないか。

 4限の教室に入り、窓際の一番後ろの席に座った。僕の定位置である。窓から工事現場のおじさんを眺めていると、そのおじさんはなかなかの腕前であることがわかる。あの小さな手から、今僕が入っているようなでっかい箱を作り上げてしまうのだから。この授業は毎回おんなじような内容をやっている。この前、樋口一葉たけくらべについてやったばっかりだ。なのに、あの教壇に立って偉そうに話す眼鏡をかけた老人は、今日も樋口一葉について語っている。僕はノートに、「日常」と書いた。なぜだかわからないが書きたくなった。日常という言葉は面白い。意味を推測してみよう。日が常と書く。日は常に一定なのが日常なのか。はたまた、日は常に変化するのが日常なのか。どっちだろう。難しい。言葉は難しい。4限の終わりのチャイムがなったのはそんな時だった。この後はバイトをして帰る。疲れているのに、お金がないと生きていけない。この世の中を恨みながら毎日働いている。日常は長い。

 ふと空を見上げると、赤色の世界が広がっていた。公園のベンチに座りながら、今日1日の振り返りをするのも今日で28日目だ。ただ何日目からだろうか。この日課日課になったのは。日課日課になるのはおかしい気がする。そういえば、昨日もこんなことを考えた。僕は、左手に持っていたモンスターを飲みながら、ベンチの背もたれに寄りかかる。空を見上げると、砂糖だけ入ったコーヒーのような色をしていた。

「家に帰ろう」

 そう思って立ち上がるのも日課である。中央公園から、ひと気のまばらな街路路を歩いて5分。電球の切れかかった電柱の隣の扉が僕の家の玄関だ。近くの自動販売機のゴミ箱にモンスターの空き缶を捨てた。これも同じ。なんだ、同じか。

 玄関の前に来ると、そこには一人の少女が綺麗な体育座りで座っていた。セミロングの黒い髪の毛の少女。その少女は僕に気づくと、可愛らしい笑顔をこちらに向けながら走り寄ってきた。近づいて来る前にわかった。あ、殺されると。

 少女の右手には、カッターナイフのようなものが見えた。僕は逃げ出した。少女は追いかけてくる。足の速さは陸上部の高校新一年生並み。種目はハードル。そのくらいだ。僕は走り続けた。もう少女は追って来てはいない。疲れたせいか眠くなって来た。ここはどこだろう。あたりを見回すと、そこは街路路のライトだけが光る世界だった。  僕は、夜の空の中にいるのだろうか。そんなことを考えながら、僕は東公園のベンチの背もたれに寄り掛かった。

 目を覚ますと、目の前には白色の天井が見えた。カーテンを開けて眠たい目をこする。海のような空が一面に広がっている。黒いアルファードが駐車場から出て行くのが見えた。時計の短い針は7の少し左を指している。なんだこれ。

 顔を洗い、食パンに苺ジャムを塗って食べる。電車にのって学校へ。4階の教室には、4人の小人が座っていた。携帯をみると「5月3日水曜日」。あれ。なんだ。ミルクチョコレート色の髪の毛の女のように、スマホも僕をからかっているのか?財布の中にはお手製の遅延証が入っていた。昨日使ったはずなのに。2限の教室に遅刻して入った僕は窓際の席に座る。

「遅刻なんて珍しいね」

「遅延だって」

「してなかったよ」

「うるせーよ」

窓から見える工事のおじさんのコーヒーがこぼれた。

「ねぇ今日さ飲みに行こうよ」

「今日は用事があるから無理だ」

「毎回、私の誘いには乗ってくれないよね」

「用事があるから仕方ないだろ」

 なんだこの、胸糞悪い感じは。まるで後味の悪い映画を見た後のようなこの感覚。おかしい。5月3日水曜日は昨日終わったはず。28日目の日課をこなしたのだから。なのになんで。セミロングの黒髪の少女に追いかけられたのも昨日のように感じる。ということは、昨日の28日目の日課は27日目の日課だったのか。同じ日がループしている。完全に同じ日だ。ということは今日も。2限の終わりのチャイムがなったのはその時だった。

 僕は自習室に行き、奥から4番目の席に荷物を置いてお昼ご飯を買いに行った。戻ってきた僕は、自習室に入れないことを悟った。しかし、この後黒髪の少女が来て開けてくれるのだ!期待に胸が躍る。もう、舞踏会が始まってもおかしくないくらい踊っていた。しかし、彼女は現れなかった。かわりに現れたのは金髪のチャラついた男。そいつが自習室の扉を開けた。仕方がないからそいつと入った。なぜあの子は来なかったのだろうか。あの黒髪の少女。黒髪。たしかセミロングの。顔は童顔だった。童顔?黒髪?セミロング?あぁどうしてこんなベタな展開なのだろう。もし、僕が漫画の主人公ならこんなベタな展開は望んだりしない。しかし、この急激な展開は、今や世の中では平凡化しつつある。僕が一目惚れしたあのセミロングの黒髪の少女に、僕は殺される。

 あれから、10日は5月3日を過ごした。わかったことは、モーニングルーティンの最中に、黒いアルファードが駐車場から出ていくこと。僕が2限に遅刻すること。2限の間に、工事のおじさんがコーヒーをこぼすこと。毎日、ミルクチョコレート女に飲みに誘われること。自習室に毎回入れなくなること。これは単に僕が悪い。そして1日の終わりは、セミロングの黒髪の少女に襲われること。これが、僕の5月3日の日常である。しかし一つ不思議なのは、自習室を開けてくれるのは必ずしも黒髪の少女ではないということ。なぜかこの少女は毎日変化する。自習室に来る時とこない時がある。この謎はいまだ解明されていない。この5月3日も平凡化してきて僕は退屈してきた。そう思いながら窓を見ると、工事のおじさんのコーヒーがこぼれた。

 自習室に入れないでいるとそこには黒髪の少女が現れた。やった。一緒に入ると僕は、その子のことを考えた。話しかけてみよう。ちょうどこの生活にも飽き飽きしていたところだ。ただ話しかけるには勇気がいる。見ず知らずの人から話しかけられるのは、何とも言えない感情になるのは僕だけではないはず。

「あの・・・」

なにも考えずに話しかけてしまった。少女が振り返ると、その姿は博物館に展示されているティラノサウルス骨格標本より魅力的で、高級服屋のようなにおいがその場に漂った。

「あ、えっと・・・」

「どうしました?」

「あ、えっと、シャー芯もってます?HBの0.3ミリの」

「すいません、0.5ミリなら」

「あ、それでも大丈夫です。もらえますか」

「いいですよ」

 少女は笑顔とシャー芯をくれた。使いもしないシャー芯をもらうのに、こんなにも労力を費やすことは、もう2度とないであろう。席に戻った僕はその子のことを考えながら、課題に取り組む。チャイムが鳴ると、立ち上がるのは、僕と少女の二人。すかさず声をかけた。

「さっきはありがとう」

「いえ、お気になさらず」

何とも言葉遣いのきれいな子だ。

「あの、今度どこかでお茶でもどうですか」

「いいですね。行きましょう。私もあなたに少し興味があります」

 おお、なんと積極的な子だろう。話しかけてみるものだな。今までは、渋谷でナンパしている男どもを、軽蔑していたが、これからはそんなことはしないだろう。4限がすぎるのは速く感じた。あの子のことを考えていると、一つの疑問が生じた。同じ日が繰り返されているということは、明日の5月3日はまた誘うところからなのか。ああ、そんなことって、人生は山あり谷ありというが、日常が「日は常に変わる」のなら、その説は正しいことになる。今僕は谷にいるのだろう。だって、やり直しの無限ループをくらっているのだから。

 12日目の5月3日がやってきた。今日も駐車場から一台の黒いアルファードが出ていった。平凡。まさに平凡だ。モーニングルーティンを終えて、家を出る。相も変わらず、空は海のように広がっている。その海を一匹の大きなクジラが泳いでいる。毎日同じクジラがそこにはいる。猟って食ってやろうか。そのくらい今の僕はイラついている。なんたって、エンドレスゲームの真っただ中なのだから。昨日、あんなにうまく誘えたのに。いや、うまくはなかったか。どっちでもいい。あっという間に学校についた。二限を終え、自習室の前で少女を待つ日課が始まる。今日も現れた。いつものように一緒に中に入るとき、今までは感じなかった感覚に陥った。少女と目が合ったのだ。その瞳には墨汁をひっくり返したような黒い大きなビー玉が入っていた。その色に吸い込まれそうになったのを僕は踏ん張って耐えた。

「あの・・・」

「ああ、昨日の」

 あれ、おかしい。11日目と違うことが僕の目の前では起こっている。なぜこの少女は昨日のことを知っているんだ。まさかと思って、スマホに手を伸ばし、画面に目を走らせる。「5月3日水曜日」落胆した。まだエンドレスゲームは続いていた。

「いつお茶しに行きましょうか」

「今日の夕方とかどうですか。ちょうど私は暇な時間があるの」

「いいですね。じゃあ4限が終わったら待ち合わせしましょう」

 なぜだか少女には、時間が流れている。こんな感覚は久々だ。僕の中の猛犬が暴れくるっても仕方がないだろう。少女はエンドレスゲームのバグだろうか。

 あっという間に4限はおわり、待ち合わせ場所の広場に少女はいた。学校から近くのカフェを紹介してもらい、少女はジャスミンティーを頼んだ。僕は、飲んだこともないブラックコーヒーを頼んだが、カップに2回口をつけることはなかった。レンガ造りの外装に身を包んだこのカフェは、新しくできたばかりだそうだ。カフェの前は、家系のラーメン屋があり、サラリーマンたちの昼ご飯の場になっていたらしい。世の中も変わっていくのだ。たわいもない話をしていると、時間がたつのも早い。もう一時間たってしまった。

「もう帰りましょうか」

「明日も、会いませんか」

 まさかの返答だった。繰り返されるこの世界で、明日という単語は死んだ言語だと思っていた。僕の目の前には、黒いビー玉の持ち主が、笑みを浮かべて立っている。

「もちろんです」

「私、あなたのことが気になります。」

 ぼくと彼女の間には、時間という風が吹いている。この世界では異質な二人組に、僕には感じられた。どちらが普通なのかもわからなくなってきた。そんな僕には、少女の存在が大きく感じられる。この出会いは運命だったのかもしれない。だってありえるかい?僕に限ってこんなかわいい少女が、好意を持っているなんて。運命を信じる人は少ないだろうが、なぜ信じないのか僕にはわからない。信じない人は、ひねくれているとさえ思う。

 少女と別れると、僕は家に向かった。バイトをさぼってしまった罪悪感と、少女への不思議な気もちを交互に感じながら歩く。僕は夜の空の中にいる。今日も玄関の前には少女がカッターナイフを持って体育座りで座っていた。

 あの後から、僕と少女は何度か、レンガ造りの外装のカフェでお茶デートをした。少女は毎回、ありきたりな大学生のような話をしている。僕たちはため口で話すほど仲が良くなった。少女とカフェで今日あったことを話すのが日課になった。いつからか、中央公園のベンチでモンスターを飲みながら一人でしていた日課は、今時でおしゃれなカフェでコーヒーを飲みながら二人でする日課に変わっていた。日常が変わっていく。変わった日常は、平凡化され、「日は常に一定」となっていく。この少女との日課も僕には平凡になってしまっていた。おそらく、20回はデートを重ねただろうか。そんな日の事である。

「お付き合いしていただけませんか」

そう少女から言われることは日課にはなかった。僕は、その場ですぐ答えを出した。

「ぼくでよければ」

こうして、僕らだけの時間の流れは、より濃いものとなった。彼女の手を握ると、その手は汗で湿っていた。彼女は恥ずかしそうに笑った。

 付き合い始めて7日がたった。相変わらず、5月3日水曜日が続いている。彼女以外の時間は毎日変わらない。彼女との平凡な毎日は、幸せではあったが、僕は退屈し始めてしまった。僕には日常になってしまったのだ。一定に流れる時間の中で、生きることが息苦しくなる。自殺するサラリーマンの気持ちがわかった気がした。窓の外を見ていると、工事はまだ続いている。それはそうか。毎日同じことの繰り返しなのだから。工事のおじさんのコーヒーがこぼれるのが見えた。

「ねえ今日さ飲みに行こうよ」

 ミルクチョコレート色の髪の毛をさわりながら、口癖のように話してきた。行きたくないが、毎日を壊すにはとっておきの誘いなのかもしれない。

「いいよ」

「え、珍しい。ダメもとだったのに」

「なんだよ。じゃあ行かないわ」

「嘘嘘。今日、6時半に新宿ね」

彼女には、急にバイトが入ったとLINEをした。なんかもやもやするが、息抜きだ。これも日常を変えるため。

 新宿は、今や大学生のたまり場となっている。小学生のころは地区センターにたまっていたが、今では新宿の飲み屋にたまるという悲しい末路である。新宿駅東口から出てすぐの広場に、ミルクチョコレートはいた。その辺の女子大生と同じ格好をしていたので、危うく間違えるところだった。取り巻きの男たちはいなくて、一人だった。

「じゃあいこっか」

 そう言って立ち上がり、ミルクチョコレート色の髪の毛をなびかせた。ほのかに、石鹸とシャンプーのにおいがした。見慣れた新宿の街並みからすこし抜け、道沿いにある居酒屋に入った。ミルクチョコレートは生ビール。僕はレモンサワーを注文した。一口お酒を飲むと彼女は銭湯でのぼせたようになった。見た目や口調とは裏腹に、お酒がめっぽう弱いらしい。

 あれからどのくらい飲んだだろうか。気づいたときには居酒屋ではなく、公園のトイレの中にいた。スマホを探して時計を見ると、時刻は22時を回っている。僕の財布には福沢諭吉が一人、悠々自適に暮らしていたが、どこかに引っ越してしまったらしい。同じ個室の中に、ミルクチョコレートはいた。鞄を持った彼女は「楽しかった」と一言をつぶやいて、のぼせたまま帰っていった。

 僕は重いからだと足を動かして帰路についた。中央公園につく頃には、酔いもさめてしっかり歩いていた。玄関には彼女が座っていた。カッターナイフを握りしめながら近づいてくる。僕は、今までになかった恐怖を感じた。本当に殺される。お酒に酔っているので逃げ切れるわけもなく、あっさり彼女につかまってしまった。彼女が僕をつかむ手は、小刻みに震え、汗でぐっしょり濡れていた。彼女の目には、ビー玉のような輝きはなく、スマホの画面が消えた時のような色をしていた。彼女がカッターナイフを振り上げた時、僕の全機能が停止した。まるで、スマホの充電がなくなった時のように。

 目が覚めると目の前には白い天井があった。窓の外には海のような空が広がっている。駐車場から黒いアルファードが出ていくのが見えた。ああ、まだ終わらないのか。昨日の記憶がはっきりしない。頭が痛い。昨日は何日目だったのか思い出せない。もうそんなことはどうでもいい。昨日、初めて彼女に追いつかれた。彼女は震えていた。なぜだろう。わからない。とりあえず、今日も変わらない日常を過ごそう。

 4限が終わると、僕は新宿駅に向かった。昨日から、このルートが日常になったから。広場には、ミルクチョコレートがいた。

「じゃあいこっか」

そう言って立ち上がると、シャンプーのにおいを漂わせた。居酒屋につくや否や、ミルクチョコレートは生ビールを頼んだ。僕はカシスオレンジにした。一口目を飲むと、目の前の女はゆでたこのようになり、日ごろの不満を言い出した。僕は聞き手になり、女の話を全部肯定した。店員が僕たちの卓にくる回数が時間と共に増していく。いつの間にか女は僕の隣に座っていた。アルコールは怖い。人間様をここまで軟弱なものにしてしまう。女はすべてを僕にゆだねて、一人で話し続けている。女は僕の印象についての話を始めた。

「最初はぁ、根暗だと思ったんだけどぉ、そんなことなくてぇ、かっこいいよねぇ」

何を言ってるのかさっぱりわからない。アルコールは怖い。ただ悪い気はしなかった。僕も酔っているらしい。女が僕にもたれかかったとき、僕の携帯が鳴った。彼女からの電話だった。

「いまどこにいるの?」

心配そうなかわいい声が聞こえた。

「新宿の居酒屋だよ。クラスの女の子と飲んでいる」

アルコールは怖い。僕は何を言っている。ぶつっと電話が切れた。同時に僕の中でも何かが切れた。

 お会計は、二人で飲んでいたとは思えないくらいのものだった。これでは、ここの居酒屋はぼろ儲けであろう。僕は女を連れて、近くの公園に向かった。女が気持ち悪そうにしていたからだ。人間とは不思議なもので、気持ちの良かった時間の次は気持ちの悪い時間が待っている。トイレに入るとき、公園の入り口に人影がみえた。女性だろうか。シルエットはちょうど彼女くらいの身長があった。僕はそのまま女とトイレに入っていった。トイレから出てくるときには、僕のにおいは、石鹸とシャンプーのにおいになっていた。女はいつものように楽しかったと言って出ていった。

 

 家に帰ると、玄関の前には、きれいな体育座りをした彼女がいた。右手には、カッターナイフ。逃げ出した僕をつかんだ手は震えていた。馬乗りになった彼女はカッターナイフを振り上げた。振り下ろすより先に、僕の頬に水が落ちてきた。

「あっ」

僕の情けない声が出たと同時に、彼女は手を振り下ろした。なんで笑っているのに泣いているのだろう。僕には彼女の感情がわからなかった。かすむ僕の視界が最後に見たものは、近づいてくる彼女の顔だった。人間の聴覚は、最後まで残るといわれている。真っ暗になった世界で彼女のかわいらしい声だけが聞こえる。

「おかえり。逃げないでくれてありがとう」

ありがとうと聞いたとき、気づいたことがある。日常を変えていたのは、僕自身であった。そして、その日常を平凡化させたのも僕だ。「日が常に一定」であることと、「日は常に変化する」ことは、同じことだった。彼女は一定の日常の中でも変化した。2つのことが同じ空間で起きていたのにもかかわらず、僕は一定の日常を捻じ曲げて、運命を変えてしまっていた。この後、何が起こるのかもわからないのに。僕の運命は「5月3日水曜日に死ぬ」という運命。その運命を捻じ曲げ、彼女と会わないという日常を作り上げた。中央公園のベンチでモンスターを飲みながら一人で1日を振り返るという日課を。

 コンクリートの上には、赤い水たまりができた。その中にあるスマホの画面には「5月4日木曜日」と書かれていた。